今回は医学を離れ、科学技術の歴史を考えてみます。私たちの住んでいるハワイ諸島は1778年イギリスのキャプテン・クックによって発見されました。 当時、イギリスは海洋国家で世界の至るところに艦船を送っております。海図にはハワイ諸島の位置が記録されております。どうやって自分の位置がわかったのでしょう。 そんなの簡単じゃないですか。GPSで調べたらいいんじゃないですか、と言われるかもしれません。 でも、ちょっと待ってください。キャプテン•クックの時代ですよ。そんなものありません。では、どうしたのでしょう。
実は自分の位置を知る事は航海術の基本中の基本です。そもそも位置情報は軽度と緯度で表します。地図で縦の線が軽度、横の線が緯度です。このうち、緯度は割合簡単です。 夜に北極星を探し、水平線からの角度を調べれば、その値が北緯です。こういうわけで北緯はすぐにわかります。何故そうなるのかは、ちょっとややっこしいですが、中学で学ぶ幾何学の初歩で理解できます。この方法を使うのは船だけではありません。第二次世界大戦の映画を見ていると、長距離爆撃機の中で、ナビゲーターが北極星の位置を測定している場面が時々出てきますが、現在の飛行位置を測定しているのです。
問題は経度です。これは長い間、測定できませんでした。ところが、正確な時計が作られるようになって、初めて経度が測定できる可能性が出てきたのです。 開発したのはやはり大航海国家であったイギリスです。イギリスは数学が伝統的に強く、数学がらみの科学技術は今でも滅法強く得意中の大得意です。
経度は イギリスのグリニッチ天文台の位置を基準の0経度とします。この位置で太陽が一番高い位置に到達した時刻を12時00分とします。そこから移動した地点で、同じように太陽が一番高い位置に来た時刻(現地での正午)をイギリスから持ってきた時計で測ると、時間の差により経度が計算できます。まあ、理論上は簡単なのですが、問題は時計がどれだけ正確かにかかっています。 当時、一番正確な時計は振り子時計でした。 最初はまあ、グリニッジの場所で毎日、天体観測の正午と時計の誤差を記録していきました。 かなり正確で、これでいけそうだとなってから、船に乗せて世界一周をしてみて、どれだけ誤差が生じるか、実験しなければなりません。 船は揺れるので、その揺れを相殺するバネを用いた仕掛けを何重にも作り、時計を宙吊りにして運びます。世界一周みたいな悠長な旅をする商業船舶はないので、 イギリス海軍の船に頼んで時計を乗っけてもらいました。 海軍の艦長たちは迷惑だと、抗議しましたが、国王の命令で時計を乗せる事になりました。ただ、イギリスの海軍艦長たちは、自分たちは軍人であるから、敵と遭遇したら、戦うという事を条件に時計を載せたのです。 ところが、当時のイギリスはあちこちに敵がいて、しょっちゅう戦闘行為に入るのです。ようやく、世界一周が終わってグリニッジに帰ってきた時は時計は大幅に遅れておりました。
どうやら、海軍の艦船が戦闘する際、急旋回します。その時生じる遠心力により、時計が狂うらしいのです。振り子時計では限界があると、ようやくわかってきました。 そこで全く新しい時計をイギリスは作ったのです。ゼンマイ時計でした。ゼンマイ時計は振り子のように揺れや遠心力の影響を受けません。しかも、サイズも格段に小さくできます。 これはいけそうだ、と第二回目の世界一周航海実験がなされました。相変わらず海軍の船です。例によって戦闘も頻繁に体験しながら船は世界一周も終わりに近づきました。 前方に島が見えます。艦長たちは、海図を見ながらこれは、味方の占領している島だと判断しました。 しかし、時計の実験をしていた技師は、あれは敵の島であると、警告します。冗談はよせ、我々はずっと海でやってきたプロの航海士だ、我々の判断が正しいと、海軍の軍人たちは嘲笑い、島に近寄ると船は島から激しい砲撃をうけ、命からがら逃げるハメになりました。その時以来、イギリスの海軍は時計技師を尊敬の目で見るようになりました。世界一周実験を終えた時、時間の誤差がほとんどありませんでした。こうして、海の上で正確な現在位置を知る技術により、航海はより安全なものとなりました。1760年代、イギリスは優秀な時計Chronometerを800作り約時200隻の海軍艦船に配備しました。その10年後、キャプテン•クックは時計を持ってハワイ諸島を発見したのです。時計の進歩がイギリスの海洋覇権を支えたのです。
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